「事業は選択と集中」。こんな理屈は誰でも分かりますが、できないのが普通です。人間は勝手な動物でバナナを食べるように、物事の悪い面を剥いて良いところだけを取ろうとします。
しかし、現実は無理です。選択の裏には見捨てること、切り落とすことが必要です。放棄、削除のない選択は嘘でありポーズなのです。
選択と集中はリーダーにとって自分との戦いであり、部下との戦いでもあるのです。自分が作ってきた事業を捨てるのはリーダーにとって辛い決断であり、名実とも割愛なのです。
過去の成長に大いに貢献してくれた事業や工場を切り捨てることはモラル上の自責をうけるだけではなく、貢献してくれた古い部下や工員達からも恨まれたり、嫌われたりします。
我々個人も同じです。名声も金銭も健康も家族も余暇も、良いものは全部欲しいのです。しかし、何かを選んで突き進むならば、間違いなく何かを捨てることを責められるのです。それは誰かが意地悪いのではなく、宇宙の原理原則だからです。
世間で言ういわゆる成功者は多く知っています。マスコミに気を遣い、部下にも気を遣い、顧客にも気を遣い、パートナーにも気を遣う。シャワーを浴びる時に考え、通勤の途中に考え、雑談の最中に考え、ゴルフをする時に考える。弱い人に頼られ、強い人に競争され、良い人に注視され、悪い人に妬まれる。
彼らは多くの大切なものを捨てて、あるいは暗い影を抱えながら華やかな成功者を演じている部分が多いのです。一部のなりたての人を除けば、実は誰も自分のことを成功者だと思っていないのです。人生も選択の結果なのです。
労働時間をみても同じ原理が働きます。我々は毎日8時間働くと言いますが、それは労働法の概念に過ぎません。とくに私の読者のような方々は機械のように時間に比例するような単純労働をしていないのだから、最も重要な問題は選択と集中なのです。
何をするか、何をしないかを見極めて優先順位の高い、1~3個の仕事に集中し、労働時間も脳力と体力が冴えている時間に集中すれば必ず大きな成果を上げることができます。最も重要な課題を最も体力のある時間帯に集中させる、これこそ効率の戦略です。
手帳を満遍なく埋めること、残業すること、仲間の退社時間を意識することはよく見られるオフィスの常識ですが、捨てる勇気がないから仕事の効率は上がりません。
世の中の人に皆幸せになってほしいと、私も思います。しかし、残念ながら選択された人が幸福感を覚えるのです。これは顧客サービスの原点でもあるのです。「他人の不幸、蜜の味」と言うように、時には不幸な人がいてこそ幸福になるという、我々人間の悪性も露呈します。
選択と集中は好き嫌いの問題ではなく、個人の選択の問題です。そして選択を絞れば自然に集中が始まるのです。
選択と集中の意味: 宋文洲のメルマガの読者広場 (via kml)